働く世代の目の健康の重要性と予防・治療アプローチ構築の必要性

ジョンソン・エンド・ジョンソン
日本法人グループ
統括産業医
岡原 伸太郎 先生

 我が国では少子高齢化が進展し、労働人口の減少と高年齢化も進んでいます。それは事業や労働によって社会を動かし、支える世代が減少することを意味します。そのため、政府はできるだけ多くの人が働けるように女性の労働参加の推進や治療と仕事の両立支援、定年延長などの政策を進めています。こうした社会状況においては、労働者にとっても、会社にとっても、社会にとっても労働者ができるだけ長く、より高い質の労働を提供できるために誰もが健康、Well-beingであることが特に重要です。

 そして、さまざまな健康問題の中でも視機能の障害は一般生活動作だけでなく、労働における作業動作、学習など広範な活動に制限をもたらし、雇用・労働・学習など広範な参加に制約を生じると考えられます。実際に、働く世代の目の健康の重要性を示唆する研究があります。Nagataらの研究によると、労働者が疾患を有することで欠勤(Absenteeism)や労働生産性低下(Presenteeism)が生じ、多くの疾患でそれらによるコストは医療費よりも大きいと推計されました1)。また、目の疾患による労働生産性低下は、筋骨格系疾患と精神行動系疾患に次いで大きい結果でした1)。また、近年の海外の横断研究や後ろ向きコホート研究でVisual Impairmentと失業が関連していることが示されています2,3)。しかし、健康問題と失業の関連は、医療福祉の水準や雇用関係法令と雇用慣習、経済状況によって異なることが予想され、日本の近年における健康問題と失業の関連を検証した研究はほとんどありませんでした。そこで我々が行った日本人を対象としたコホート研究において、自記式アンケートで「目に関する問題」を自覚している労働者は何も症状や健康問題を自覚していない労働者に比べて1年以内に離職を経験するリスクが有意に高い結果でした4)

 これらの研究だけでは労働者の目の健康問題を早期に発見し介入することで、当該労働者のその後の労働生産性を改善できるか、また離職リスクを低減できるか分かりません。しかし、我が国では法定の職域定期健康診断において問診や視力検査が実施され、また特定健康診査や人間ドックの機会に眼底検査などの視機能に関する検査が実施されています。既存の機会に目に関する問題に気付いた場合には、それを放置すると離職という個人にも組織にも社会にも重大な結果につながる可能性があることを認識し、目の健康問題に対して予防や早期治療、適性配置などの業務上の措置に取り組むことが望まれます。そして、その実践の中で産官学が協力して治療や業務上の措置などの介入によって労働者の健康問題を小さくできるか、また離職リスクを低減できるか検証し、最適な予防・治療アプローチを構築していくことが望まれます。

 ここまでは労働者の目の健康問題が労働生産性や雇用・就労に与える悪影響の可能性についての話でした。他方で、仕事が目の健康に悪影響を与える側面もあります。科学的に確かめられている仕事上の目の健康リスク要因としては、紫外線や赤外線、電離放射線などの物理的要因や二硫化炭素などの化学的要因、PCなど情報機器作業による複合的要因などがあります。それらのリスク要因のある作業を労働者に命じる事業者は、それらのリスク要因から労働者の健康を守る責任があります。特に情報技術の発展とインターネットの普及により産業構造の変化によって情報機器作業に従事する労働者が増え、また多くの人が情報機器を仕事以外でも扱うため、国民の多くが情報機器を扱うことによるの健康リスクに若年のうちから長期間曝されることになります。そうした生活様式や環境の変化などによって世界的に近視が増え、近視が発生リスクとなる白内障や緑内障、網膜剥離も増大していくことが懸念されています5)。はじめに触れた少子高齢化・労働人口減少の社会における働く世代の目の健康の重要性に、こうした生活様式や産業構造の変化に伴う人類規模の目の健康問題の増大も併せて考えると、働く世代の目の健康を守るための予防・治療アプローチを構築することはやはり重要かつ急務と考えられます。

  1. Tomohisa Nagata, et al. Total Health-Related Costs Due to Absenteeism, Presenteeism, and Medical and Pharmaceutical Expenses in Japanese Employers. J Occup Environ Med. 2018 May;60(5):e273-e280.
  2. Yi Xuen Chai, et al. Relationship between vision impairment and employment. Br J Ophthalmol. 2023 Mar;107(3):361-366.
  3. Kunal Kanwar, et al. Self-Reported Visual Disability and Unemployment: Findings from the National Health Interview Survey. Ophthalmic Epidemiol. 2024 Oct;31(5):488-490.
  4. Shintaro Okahara, et al. Self-reported symptoms or activity limitations and job loss during the COVID-19 pandemic in Japan. Occup Med (Lond). 2024 Dec 11:kqae132.
  5. James R Landreneau, et al. Review on the Myopia Pandemic: Epidemiology, Risk Factors, and Prevention. Mo Med. 2021 Mar-Apr;118(2):156–163.