山梨大学医学部眼科学教室 教授 | 柏木 賢治 先生 |
医療のデジタルの進歩
眼科を取り巻く環境は人生100年時代が到来する中で大きく変化しています。加齢黄斑変性症、緑内障、白内障に代表される加齢性疾患は今後ますます増加すると考えられます。急速な医学の進歩の結果、これら加齢性眼疾患の多くは適切な治療により、視機能障害による社会活動の低下から救えるようになりました。しかしそれでもなお様々な要因で適切な対応が出来ないケースが存在します。例えば高齢者のみの世帯の増加や貧困率の上昇などの要因による通院や治療の困難例の増加や受診控え、認知症、身体能力の低下などによる治療困難例などです。また医療提供者の不足や医療費の高騰も懸念されています。このような課題に対する解決策の1つがデジタル化(DX)を含む技術革新の活用です。ここでは、日々急速に向上する技術革新を眼科医療にどのように活用していくかについて述べたいと思います。
眼科とデジタル技術の親和性
眼科診療は他の診療領域に比較して、比較的少ない種別の医療データによって行うことが可能です。具体的には様々な画像データ、視力や屈折、眼圧、視野検査などの数値データでありデジタル化が可能です。特に今日の眼科診療の中核的存在である光干渉断層計の測定結果はすべてデジタルデータとなっています。デジタル技術では、対象物を0と1で表現するということになりますので、その能力はコンピュータ技術の進歩に負うところが大です。最近では文字情報やその他の診療データのデジタル化が進んできてはいますが、いまだデジタル化が難しい診療領域もあります。これらに比べ眼科で頻用される診療データはデジタル化に非常に適しています。以下のデジタル化データの持つ様々な利点についてご紹介いたします。
ビッグデータの収集とその利活用ならびにAI研究
日本眼科学会では日本眼科AI学会とJOIレジストリ(JOIR)を中核として、眼科診療情報の収集データベースを構築し、これらを利活用することで様々な眼科領域の発展に寄与する取り組みを進めています。従来のデータ収集は各施設において手作業で行うものが多かったため、収集データ量は限定的であり、担当者の変更なども影響して長期にわたる大量データの収集を続けることは容易ではありませんでした。しかし、現在の取り組みでは多数の施設から最小限の労力で長期的にデータを集めることが可能となっています。これにより大量のデータが収集され、AI研究をより迅速に推進することが可能となりました。すでに前眼部疾患支援、眼底疾患支援のためのプログラムが作成され医療機器承認を目指しています。ビッグデータの収集はこれだけではなく、様々な貢献をすることが期待されています。例えば、日本全国から診療情報が集まるため、日本の眼科医療の実態の把握が出来るようになり、眼科疾患の疫学調査としての活用や眼科医療行政の立案、推進、さらには企業戦略にも役立てることが可能です。データ収集のためには医療データの形式を統一することが重要ですが、このことは診療の均質化に大きく貢献すると同時に、医療システムの改善、開発の迅速化に貢献できます。さらに医療支援に有用なシステムの開発は、医療の適正かつ効率化、それによる医療費の削減、視覚障害者の減少につながります。
新しい医療体制の構築
眼科診療の中心は画像等の非接触性のものが多く、データのデジタル化は非対面型医療(オンライン診療)に適しています。実際海外ではすでに日常的なオンライン診療が眼科も含め大規模に進められています。表1に各国の取り組み例を示します。かつてオンライン診療は対面診療の補完的な立場でしたが、オンライン診療機器と通信やロジスティクスの発達により、その対象はオンライン診療を含む広範囲なヘルスケア領域に拡大しています。オンラインの活用により患者をオンライン診療から対面診療へ誘導するようなonline to offlineの形式が進んでいます。本邦においてはこのような取り組みはまだまだですが、眼科はオンライン診療との親和性が高い診療域ですので今後このような方向に向かう可能性が高いと思います。さらにオンラインと対面で得られたデジタルデータは統合が可能です。オンラインと対面で行われている診療情報を統合し、縦断的にデータが収集されることによって巨大なビッグデータとなり生涯視機能管理の観点から社会や個人の健康福祉に貢献できる可能性があると思われます。現状ではデータの帰属、セキュリティ、個人情報などの課題がありますが、表2に示すようにこれらの課題を解決し、新しい眼科医療がデジタル化によって進むことが望ましいと思います。
表1
表2