職域眼科検診の大切さについて

たじみ岩瀬眼科 院長 岩瀬 愛子 先生

 

 眼科検診を職場で採用されている場合、まだまだ多くが労働衛生基準法に定められた視力検査をすればよいと考えられている。それがどれだけ多くの人に、間違った安心を与えているのかはどこまで理解されているのだろうか?今日も、外来に、「メガネが合わなくて」と訴えて来院された方で、進行した緑内障の患者さんがあった。すでに視覚障害2級レベルであったが矯正視力はどちらの眼も(1.5)であった。こうした患者さんには、今まで嫌というほど会ってきている。そしてそのたびに、無力感にさいなまれる。まだ伝わっていないと。

 2000年に多治見スタディをやって以来、私たち眼科医は、その有病率の高さとともに、潜在患者約90%という数値に驚き、色々な機会をとらえて定期的な眼の検査の大切さを訴えてきた。2015年からはライトアップinグリーン運動を始め注意を喚起してきた。まったく効果が無かったはずはないと思いたいが、多くの人がまだまだ「見える」ということが「視力がよい」と同義であると考えていること、今見えているかどうかが問題であり自覚症状のない、放置すれば進行するかもしれない眼の病気の入り口にいることなどには興味がないのは、まだまだ変わらない。

 特定検診が成人病検診としての高血圧や糖尿病や肥満を減らそうと目指しているのはわかるが、眼科検査に回る人は、一定の基準でそれらの項目に異常がある人だけであり、これは内科疾患の為の眼科検査であるので、眼科疾患の為の眼科検診ではない。しかし、その眼科検診に回る人も少なく、時々眼科専門医ではない人が、生活習慣病の観点から判定していることもあるようなので、初期の緑内障を見つけるトレーニングはされていない人なわけで、そんな環境で早期緑内障が見つかるはずがない。

 そして職域検診では、まだまだ圧倒的に視力だけが多い。眼科検診をしても眼底写真だけの場合もある。進行が速い型の緑内障をとらえる眼圧検査やましてや視野検査はなかなか採用されていない。職場の検診に眼科検診を入れることにどういう意味があるのかとよく聞かれる。やってみても、それほど多くの人に病気があるわけではないので効率が悪いとも聞く。強く言いたいのは、もちろん、検診をして発見すべき人は、今その職業を続けるのに危ない人を見つけることでもあるが、大切なのは、眼の健康寿命の延伸のための検診であるというもうひとつの面である。そのまま放置した時、無症状に進行し、いつかは労働に支障が出るまでに、音もなく悪化する病気を早期に見つけて対処するための検診であり、長く仕事を続けることができるようにするための検診であること、その人の幸せな老後を確保するための検診であることが忘れられている。

 糖尿病にしても、高血圧にしても、生活を再考すれば進行は止められる。そして、緑内障は、年齢があがれば有病率が高くなるので、若い世代でなんともなくても、検診を毎年繰り返していれば、たとえ最初の検診で緑内障が発見されなくても、なりやすい眼、疑わしい眼の人をとらえれば、注意も与えられるし、その後に発症して大きく進行してしまう事を防ぐことができるはずである。しかし、現実には、進行して少なくともなんらかの自覚症状が出てからやっと眼科受診することの方が多いのが現実であり最初に示した患者さんのような状況にある。

 日本で視覚障害手帳の申請の原因疾患の統計の最新版が2023年に出された。緑内障はその全体でのパーセントをさらにあげ人数も多くなっている。確かに評価基準が変わったことで検査がしやすくなって申請者が増えた影響もあるかもしれないが、高齢になって視力はよいが視野が極端に悪い視覚障害2級になってしまう人が増えている事実は、私たちが疫学調査の結果と人口の高齢化から予測した結果に一致している。早期発見・継続治療が足りないと言わざるを得ない結果ではないかと思う。